予 感/ 発 熱/ 新入社員/ 涙の味/ ストロベリー・レシピ/ 会 議
会 議「ねえ、これどう思う?」残業で遅くに帰宅した靖男につきあってテーブルについた恭子が、白い封筒を差し出した。 味噌汁を口に流し込んでから、靖男はそれを見下ろした。 赤いクレヨンで大きく恭子の字で「サンタさんへ」と書いてある。 「ああ、そうか。もうそういう時期なのか」 「真由がサンタさんに手紙を出すんだって」 「ふーん。で、なんだって?」 「それが……」 恭子が困りきった顔をして、とにかく開けてみて、と言う。 靖男は箸を置いて、封筒を取り上げ、中身を出した。 ピンクの折り紙に青のクレヨンで、マルがいっぱい書いてある。 小さいのから大きなものまで、大きさはまちまちだが、とにかくマルしか書いていない。 2歳になったばかりの真由はマルを書くのが得意だ。 正確に言うと、それしか書けない。 この間の日曜日も、マルを山ほど書いたお絵描き帳を持ってきて誇らしげに見せるので、「すごいすごい」と誉めてやったのだった。 「なんて書いてあるんだ?」 「ナイショなんだって言うの。佐藤さんちの順ちゃんから『誰かに言ったらサンタさんが来てくれないよ』って言われたみたい」 「この前誉めすぎたのがいけなかったのかな」 靖男も恭子と同じ表情になって、途方に暮れた。 「なんか欲しがってるものあったっけ?」 「魔法の杖とか、お姫様の服、とか心当たりをいろいろ聞いてみたんだけど、違うらしいのよ」 「ドラえもんの人形とか?」 「それも聞いた」 「じゃあー、プレステ2」 「それは自分が欲しいモノでしょ。真面目に考えてよ」 「わかんねーなあー」 靖男は再び箸をとり、白いご飯の上にに辛子明太子を乗せて頬張った。 「おれは男だからさ、女の子が何を欲しがるかなんて、大人が相手だってわかんないのに、コドモじゃますますわかんないよ」 「ふーん、女の人に何かあげる予定でもあるの?」 恭子が眉間にシワを寄せて、唇をとがらせた。 「アホか。あるわけないだろ」 「じゃあ、私は何が欲しいと思う?」 「何が欲しいんだよ」 「言ったらくれるの?」 「モノによるな」 「じゃあ、私が一番欲しいだろうと思うものをちょうだい」 「変な宿題出すなよ。……それより話がずれてるよ」 「なんかちょっとズルイ」 靖男の軌道修正に恭子は納得のいかない顔をしたが、とりあえず同意をして、再び話は真由のプレゼントのことに戻った。 「お前はあれくらいの頃、何が欲しかった?」 茶碗を空にして箸を置いた靖男は、恭子がお茶を入れたばかりの湯呑に手を伸ばしながら聞いた。 「なんだったかなあ……」 恭子は首をかしげて少し考えた後で言った。 「そういえば、赤ちゃんが欲しい、って言ったことがあるなー」 「赤ちゃん? コドモのくせに?」 「バカ、何考えてんの」 恭子は靖男をとがめるように軽くにらんで、 「同い年のイトコに妹ができた頃で、すっごくかわいくて、うらやましくて、私も妹が欲しい、って思ったの」 「サンタクロースに頼まれてもなあー。ある意味正しいけど」 「そういうこと言わないでよ」 「言い出したのはそっちだろ」 靖男は肩をすくめて、もう一度手紙を手に取り、マルの列をマジマジと眺めた。 「けど、そういう願い事が一番困るよなあ」 「困る?」 「困るだろ」 「まあね。不況だしね」 「そうやって論点をずらすなよ」 靖男は咳払いをして、一気に結論に入った。 「よし、決めた。とりあえず、靴下に入るものでイキモノじゃないやつじゃなきゃダメだって言っておけ」 「うーん。そうねえ。とても現実的だけど」 「仕方ないだろ」 「それで、プレゼントは何にするの?」 「いいよ、もう。任せる」 「わかった。でももし真由が思ってるのと違ってたら?」 「サンタクロースは外人だから日本語がわからないんだって言えばいいんじゃないの?」 「……もう面倒になったんでしょ。まあいいわ、そうする」 恭子は一つうなずいてから、思わず吹き出した。 「これだって日本語とはとても言えないけどね」 二人は真由を起こさないように声を潜めてしばらく笑った。 ひとしきり笑った後、恭子が言った。 「真由がサンタクロースを信じる間は毎年苦労させられるわね」 「ちゃんと読める字が書けるようになったら、これはこれで楽かもしれないけどね」 「そのうち『彼氏が欲しい』って書くかもよ。どうする?」 「まさか」 「ふふ。ちょっとムカついた?」 「……ごちそうさま。もう寝る」 靖男が仏頂面で立ち上がったのがおかしくて、恭子はまた笑い出しながら片付けをはじめた。 (2002.12.23) |
♪2002年11月26日 10000HITS記念メニュー。とらさんに捧ぐ♪
「クリスマス前のほんわかした感じ」というご希望だったので、こんな感じで作ってみました。 |