金 曜 日 の 食 卓

予 感発 熱新入社員涙の味ストロベリー・レシピ会 議


いちご
ストロベリー・レシピ
 ゴハンが炊けた。
 急いでゴハンをウチで一番大きいボールに移し、合わせ酢を入れながらしゃもじで混ぜる。
 レシピによると、“急いで酢を全体にいきわたらせるように木杓子で混ぜる。酢が吸収されて重くなったら、切るように混ぜ、うちわであおぐ。混ぜすぎないこと。”
 ここがもっとも神経を使うところ。

「お。なんかいーもん作ってるじゃん」
 姉が台所に入ってきた。
 要注意人物登場だ。
 こんな時に限って。タイミング悪すぎ。
「ちょっと味見ー」
 なんと姉はこれから混ぜようという具に触手を伸ばそうとした。
「ちょっと!」
「いいじゃん、ちょっとくらい」
 私が一喝すると彼女は唇をとがらせて手をひっこめた。
 かと思ったら、傍においていたうちわを取り上げ、
「あおいであげるよ」
 と、ばーっと勢いよく振り回した。
 お陰でそこにあった錦糸卵が小さなお皿から風で飛んでテーブルに散らばった。
「あーっ。もう余計なことしないでよぅ!!」
「ごめんごめん」
 姉はぺろりと舌を出し、あわててそれを指で拾う。
「そんな手で触ったの、いらない。食べちゃって」
「潔癖症なんだからー」
「ていうか普通でしょ。あっち行ってよ、もう」
「冷たーい。はいはい、邪魔者は消えますよーだ」
 私がしっしっと手で追い払うと、さすがの彼女も隣のリビングへ退散していった。
 これで落ち着いて作業ができる。

 2つ年上の姉は、がさつで、不器用で、男みたいな人。
 出したものは出しっぱなし、服は脱いだまま置きっぱなしで、部屋を平気で散らかすし、同じ部屋の住人としては最悪だ。

 自分でうちわをあおぎながら、寿司飯を混ぜる。
 一人だと難しいけど、姉に手伝わせるよりはマシだ。
 お米がイイ感じにつやつや光っている。
 それじゃ、いよいよ具を投入しよう。

『料理とかするの?』
 最近つきあいはじめたバイト先の先輩との2度目のデートの時、なんとなく料理の話になった。
 先輩は仙台の出身で、東京の大学に入ってから一人暮らしをしている。
『時々、気が向いた時とか』
『へー。理紗ちゃんの手料理、今度食べてみたいな』

 今日は先輩は4時までバイト。
 私は雛祭りにちなんで、ちらし寿司とイチゴのケーキを作って彼の家に行くことにした。
 ちらし寿司は初めて作るんだけど、ここまでは順調だし、悪くなさそう。
 ケーキは今までにも何度も作ってるから、心配ない。
 焼けたら生クリームと苺でデコレーションする。それで、完璧。

「理紗ー」
 リビングから姉が私を呼んだ。
「何よ」
「なんか焦げてない?」

 姉の言葉に、私はあわててオーブンに駆けつけた。
 お酢の匂いで気付かなかったけど、確かに焦げくさい。
 スポンジケーキを焼いていたんだった!

「あーっ!!」
 私の悲鳴を聞きつけて、姉が戻ってきた。
「大丈夫?」
「どうしよう。最悪ー」
 ショックで眩暈がする。
 ケーキがオーブンの中で丸焦げになっていた。
 炭の塊、といってもいいくらい。
 何で今日に限って失敗するの?

「あららー」
 姉はそれを見て目を丸くした。
「デザートもついて完璧だったはずなのに!」
「作り直せば?」
「そんな時間ないよ」
 時計を見たら、もう3時だ。
 4時半には家を出なくちゃ5時の待ち合わせに間に合わない。

「設定温度が高かったのかな。時間が長すぎたのかな。くやしい。なんで??」
 テーブルには行き場を失った苺が1パック、淋しく取り残されている。
 パニック状態の私の肩を、姉がぽんと叩いた。
「落ち着け、理紗。ちょっと待ってて」
 姉は冷蔵庫を覗きこみ、突然三ツ矢サイダーの缶を取り出した。
「何コレ。これ飲んで落ち着けっていうの?」
「黙って見てなさいって」
 ヤツアタリをはじめた私をなだめて、姉はコンロに鍋を置いた。

 缶の蓋を開け、サイダーを鍋にどぼどぼと入れる。
 あっけにとられている私に、姉は命令を下した。
「理紗、ボールに氷と水を入れて」
 わけがわからないまま、私は黙って言われるとおりにした。
「あそこのちっちゃいグラス出して」
「いくつ?」
「とりあえず全部。そこに並べて。そんで、苺を洗ってヘタをとってその中に入れる。急いでよ」
 姉の指示どおりに足の低いワイングラスを5つ出してテーブルに並べ、苺を一つずつグラスに入れた。
 その間に彼女はあっためたサイダーに粉ゼラチンを入れてスプーンでかき混ぜていた。
「はい、通ります。そこどいて」
 姉が氷水の入ったボールに、一回り小さいボールを浮かべて、そこに温めたサイダーを入れた。
 缶に残ったサイダーをその中に全て流しこんで、かき混ぜる。

 姉はこの17年間一度も見たことがないくらいテキパキとそれをグラスに注ぎこんで、空になったボールを氷水に戻した。
「はい、できあがり。冷蔵庫で冷やしたらすぐ固まるよ」
「うん」
 私は急いでグラスを冷蔵庫に入れた。

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

 ちらし寿司をタッパウェアに詰めて料理の後片付けを済ませたら、30分が経っていた。
 冷蔵庫からグラスを出してみた。
 姉の言ったとおり、もうちゃんと固まっている。
 サイダーの泡の中に、赤い苺。
 それがとってもカワイイ。

「どう?」
 姉がやってきて、私の顔を覗きこんだ。
 私はスプーンを取りだし、一口すくって食べてみた。
「……イケテル」
 舌の上で泡がプチプチする感じがオモシロイ。

 二口目に突入する私に、姉がにやにやして、言った。
「これで彼氏に『理紗ちゃん、いい奥さんになれるよ』って言われること間違いなしでしょ」
「は?」
 私はスプーンを口にくわえたまま、固まった。
 彼ができたことも、これが彼のための料理だってことも言ってないのに。
 なんかばれるような証拠物件があったっけ?
「なんで知ってるの?」
 姉は吹き出した。
「そんだけ気合入れて、他にありえないじゃん」
 そうか。バレバレだったのか。

「妹よ。たまには敬いなさい」
「うーん。部屋を1日でも散らかさずにいられたらね」
「かわいくなーい」
 不満気に顔をしかめて立ち去る姉の背中に、ありがとう、と言ったら、彼女は振り返ってニッコリ笑った。

(2002.12.22)
photo by be sweet on...



♪2002年3月11日 6000HITS記念メニュー。有紗さんに捧ぐ♪

……時間が経ち過ぎて面目ないです。
ご注文は、苺のゼリーとちらし寿司でしたが、いかがでしょうか?
ゼリーは透明なもの、ということで、ずーっと昔に作ったことがあるサイダーのゼリーにしてみました。あんまりかき混ぜると白くなってしまうので、ずぼらなお姉さんならうまくやってくれたことでしょう(笑)
乙女道というご希望だったので、やっぱ女同士の会話がいいなーとこういうことになりました。





magazine *