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2001年11月30日

失恋ソング

かつて彼と別れた後、とてつもない情緒不安定に陥ったことがある。
あの時は他に落ち込む理由がいくつか重なったこともあり、本当に自分でも信じられないくらいのローな気分で、一種のショック状態だった。
電車の中や授業中に涙がこぼれてしまうこともあったし、食欲をなくして一気にげっそり痩せた。
彼との別れはある程度予測していたし、彼が言わなければ私が決めていたと思うので、それほど驚き悲しむことでもなかったにも関わらず、である。
これには自分でもびっくりした。
一度そういうことを経験したので、今後はもう何があってもあそこまで至ることはあるまいと強心臓の私は思うのだが。(そうそうあっては困る)

それはさておき、そんな経験のためか、私は華原朋美を心ひそかに見守ってきた。
彼女が失恋でおかしくなった時には本当に身につまされる思いではらはらしたものだ。
最近になって完全に吹っ切った様子で、私もハッピーな気分だ。
あんなことになっても彼女が芸能界に残ってこれたのは、もちろん彼女の努力もあるけど、私のように彼女に感情移入してしまった女性がたくさんいたということもあると思う。
経験に基づく歌ほど、人の心を動かすものはない。
大失恋の経験のある女には、彼女の歌の意味がわかるはずだ。
彼女の復活と彼女の歌は世の失恋女性たちの心の支えになってくれることだろう。

華原朋美の「As A Person」は未練たらたらな歌でまた涙を誘うものがあるが、マイ・ベスト・ハートブレイク・ソングは、カーリー・サイモンの「You're So Vain」(邦題:うつろな愛)である。
別れた男の背中に直接投げつけたような歌。
女はこうして強くなっていくのだ。

You're so vain,You probably
think this song is about you
You're so vain,I'll bet you
think this song is about you
Don't you? Don't you? Don't you?

ところで、「この男性は一体誰か?」という疑問に関して、彼女自身直接誰と言うことは明言を避けている(当然でしょう)。
ウォーレン・ビーティやミック・ジャガー、ジェームズ・テイラー(この曲のヒットの頃結婚しているから違うだろうけど……後に離婚)など名前は挙がっているものの、真相を知るのは、カーリーと相手の男性だけである。
歌われた側は相当びっくりしただろうけど、「いい気味」である。

「最高のラブソングは失恋した時に書けるもの」(by カーペンターズ「All you get from love is a love song」)というのは真実だと私は思う。
恋が終わって傷ついた時にこそ、人の心を動かすものが生まれてくるのだ。


ちなみに。
今、これを書くにあたってちょっと調べたら、竹内まりあの「元気を出して」がカーリー・サイモンのアルバム(離婚後発売。失恋ソング満載)がきっかけで書かれたものとわかった。

涙など見せない 強気なあなたを
そんなに悲しませた人は誰なの?
終わりを告げた恋に すがるのはやめにして
ふりだしから また始めればいい

失恋ソング その2

カーペンターズの話が出たところで思い出したのだが、失恋した時の私の心境としては、カーペンターズの「Goodbye To Love」が一番ぴったりしている。
カーリー・サイモンの曲は好きだけど、あれが私にあてはまるかと言うとそうではないので、どうか誤解しないでください。(笑)


愛にさよならを言うの
私が死んでも誰も気にしない
何度も何度も 恋のチャンスは
目の前を素通りして行った
愛について言えるのは
これからそれなしで生きていくことだけ
もう愛を見つけられない

だから 一人で生きていくと決めたの
もちろんそれは簡単なことではないけど
ずっと心のどこかではわかっていた
愛にさよならを告げると

明日なんて来ない
きっと時がこの辛い想い出を忘れさせてくれる
そうすれば私は信じられる誰かや
生き甲斐を見つけられるかも

無駄に愛を求め続けた毎日に
ようやく終止符を打ち
これからは孤独と空虚と親しくなって
愛が忘れ去られるこの日から
精一杯生きていく

未来に待ちうけることはまったくミステリーだし
誰も運命を予言することはできないし
いつか間違っていたと
知る日が来るのかもしれない
だけど 今は これが私の歌

それは愛にさよならを告げる歌
愛にさよならを言うの


……このところ失恋をテーマに書いてはいますが、別に最近私の身にそういうことが起こったわけではないので、あしからず。

2001年11月29日

一つの恋が終わった後

先日友人と飲んでいて、「別れた彼と連絡をとるか」という話題が出た。
私は、「別れを切り出した側は連絡をとらない」と言った。

これは実際に私の場合そうで、別れを切り出されて終わった恋の相手には私の方から連絡をとることはあっても、彼から積極的に電話が来たことはない。
逆に、私から別れを切り出して別れた彼からは電話やメールが来ることが何度かあったが、私は電話をとることはあっても思い立ってかけるようなことはしていない。
やっぱり、理由はどうあれ、別れを切り出した側がイニシアティブを取れるというか、別れを告げられた方が立場上弱いものかもしれない。
別れを先に決めた方に未練ややり直す気があるかないか、という問題?

自分の体験から私が出した結論は、「終わった恋が再燃する可能性は限りなく0%に近い」ということ。
「焼けぼっくいに火が」なんて表現もあるけど、これはお互いに本気かどうか、私には疑わしい。
一時の気の迷いか、はたまた別れた時に自分たちの気持ち以外の並々ならぬ事情があってよっぽどお互いに未練を残したままだったか、そんなとこではないか。
一度別れたのに再会してまた付き合うことになってうまくいった、というカップルはとてもまれなケースなので、別れた後に復縁を信じて待つことだけは無駄だと思っている。

2001年11月26日

ラブストーリーとラブソングが教えてくれること

映画「MOULIN ROUGE」を観た。

ストーリー自体は高級娼婦と貧乏作家のラブストーリーと、オーソドックス。
最後どうなるかも最初からおおよそ予測がつく。
それを監督がいかに自分流に盛り上げるか、っていうのが大事なんだろう。

ミュージカル仕立てで、しかもその曲が私の好きな曲ばっかりで、純粋に楽しかった。
パロディ、というか、イイトコどり。
ナット・キング・コールの「NATURE BOY」にはじまり、「DIAMONDS ARE A GIRL'S BEST FRIEND」(マリリン・モンロー)、マドンナの「MATERIAL GIRL」、エルトン・ジョンの「YOUR SONG」、ポール・マッカートニーの「SILLY LOVE SONGS」などなど。
男同士で歌う「LIKE A VIRGIN」は強烈に気持ち悪かったが笑えた。

この映画の主題となる下記のフレーズが、私には本当に身に染みてそうだなと思えてならなかった。
やっぱり、一方通行じゃなく、差し出した手に確かな手応えがあるのが、幸せだよね。


人がこの世で知る最高の幸せ
それは誰かを愛し
そしてその人から愛されること

The greatest thing
you'll ever learn is just to love,
and be loved in return
(NATURE BOY)


2001年11月25日

時間を経て

飲みに行って年下のカップルと同席して、ふと自分が学生の頃のことを思い出した。
あの頃は私もこんな感じだったな、と思いながら。

かつては私も、恋愛の楽しい部分だけを存分に味わっていたような気がする。
年を経て大人になるって、純粋に物事を楽しむ気持ちをひとつずつウロコのようにはがしていくことかもしれない。

ひとつ痛みを知るたびに臆病になる。
一歩踏み出して楽しさを味わえば、その分傷は深くなる。
それがわかると、今度は次の一歩を踏み出すのに慎重になる。
変な駆け引きを覚えたり、値踏みをしてみたり、自分が一番イヤだと思っていたことをするようになる。

でも、更に少し年を重ねて、ちょっと開き直ってみたりして。
なるようにしかならないんだから、やりたいようにやってみよう。
傷ついたって、あの頃ほど深手を負うはずがない。
時間が強いハートを(毛は生えてないハズ?)作ってくれたんだもんね。
今度傷ついたら一人遠い国に旅立ってしばらくぼーっと過ごそうと今から楽しみにしている。

2001年11月24日

胸騒ぎの12月

12月がやってくる。

12月には何かが起こる。
12月は1年で一番危険な月。
12月に向けて私の中で少しずつ生まれる緊張感。

20と○年も生きてれば、自分の運勢サイクルみたいなものが自ずとわかってくる。
12月は、人との別れの月。

それは死であったり、恋の終結であったり、いろんなカタチでやってくる。
人生の流れが変わるような、大きなコト。

でも去年は何もなかった。
今年も何もありませんように。

前ヲ向イテ、胸ヲハッテ、ススムシカナイノダ。

2001年11月21日

占いについて

いろいろな迷いがある時って、占いを見る。
占い師に見てもらったこともある。
日々の占いを見て、一喜一憂することも。

だけど、依存はしない。
これは重要だと思う。
恋占いに限らず。

占いは自分の心理状態を反映する。
自分が「ダメだ」と思っている時は大抵そういう結果が出るし、「大丈夫」と思っている時はそれを後押しするような結果が出る。
もちろんそうじゃないこともあるけれど、その場合は、「当たってない」と思って無視してしまう気がする。

例えば占い師に相談する場合、それは自分自身に問い掛ける行為でもある。
潜在意識の中では結論が出ているんだけど、それが自分にはわからないから相談する、という感覚だ。

タロットが比較的ずばりと心を見透かすように思えるのは、カードの持つ意味がかなり象徴的だからだ。
自分なりの味付けをして考える、という行為が入るため、その人によってどうにでも解釈できる。

結局決めるのは自分自身以外にないのだ。


2001年11月11日

続・一喜一憂

今日一日、なんとなく心は晴れなかった。
やっぱり合わないんだろうな、と思ってみたり。
相性占いの結果に余計に気が重くなったり。
もういいや、って投げ出しかけてた。

でも、電話があって。
やさしい声を聞くと、結局また「イケル!」って思っちゃうんだ。
バカだな。

2001年11月10日

一喜一憂

一言一言に一喜一憂。

あの言葉はちょっとぐさっと来たね。
事実なんだけどさ。
だけど目の前で言われると。

私はそれほど強くないのです。
例えば私が弱っている時、あなたはきっと手を差し伸べてはくれないでしょう。
やっぱりそのうちばっさり切り捨てられそう。

もう少し人の気持ちがわかる人ならいいんだけど。
今日の帰りは、楽しい気分にちょっとだけ憂鬱が混じってました。

2001年11月07日

願わくは-2002年の場合-

今年は心穏やかに一年を過ごしたいような。
でもそんなことを言っていたら、何事もないままおばあさんになってしまう。
心臓が萎えてしまう前に、強心臓の今のうちに、大恋愛をひとつこなしておこうか。

恋愛にはパワーが必要。
うまくいってもいかなくても。
今のうちだ。
体力のある今のうちに。
傷ついても立ち直れる今のうちに。

でもこの年になると、いくら結婚なんかどうでもよくてただ恋をしようと思っても、相手が二の足を踏むんだからつまらない。
勇者求ム。(笑)


2001年11月05日

今は絶妙な距離感で

もしかしたら、用が終わったら捨ててしまうだけの使い捨ての存在なのかもしれないけど。お互いに。
そう、例えば、明日「好きな人ができたからバイバイ」って突然言われても全然おかしくない。
逆に私がそう言うかもしれないし。
それでも今は「いてくれてありがとう」って思うんだよね。

なんかイイコトがあった時、とか。
ちょっとイヤなコトがあった時、とか。
あまりにもくだらないけどおっかしいことがあった時、とか。

とるにたりなくて、友達にわざわざ言うのも気がひけるようなことを伝えられる誰かがいるっていいなって思う。

ある意味今の状態は理想的なのかもしれないって感じる。
だって、私、すごく飽きっぽいし。
本当に「熱しやすく冷めやすい」を地で行くから、たーっとまっしぐらでいっちゃうかと思うとふと何かの拍子に冷ややかに相手を見るようになったりして、まったくイヤな女なんだよ。
この低体温な関係は(いわば人肌って感じ?)、居心地がよくて、長くつかれるぬるま湯みたい。
そう考えると、案外長く続くかもね? 私たち。


2001年11月04日

必要な時にそばに

誰かとつきあう時、私が相手に望むのはとにかく一つ。
私がその人を必要とする時にそばにいてほしいということ。

もちろん仕事とか旅行とか物理的な理由で遠くに離れていることもあると思う。
それを無理してそばにいて抱きしめてとか、そんなことは言わない。
(いや、口では言うかもしれないが)
そうじゃなく、大事なのは、心はそばにいて欲しいということ。


以前、私がいろんなことでプレッシャーを感じたり答えの出ないことで深く悩んでいた時、彼は彼でやりたいことがあって彼なりに悩みをもっていた。
お互いにマイナスな時というのは、どちらも余裕がないから、人の愚痴や悩みまで聞いてあげることができない。
電話をしても自分の言いたいことを言うだけだから、と少しずつ距離をおくようになって、そしてそのまま別れる方へ進んで行ってしまった。

あの時私は、彼にそばにいてほしかった。
意見が違っても、会えなくてもいい。
ただ、「大丈夫」って一言言ってくれるだけでよかった。
その気持ちを話せなかったことも、彼の話を聞いてあげられなかったのも、よくなかった。
今はそうわかるけれど、当時はそれがわからなかった。


会えなくてもいい。
ただ、私があなたを必要とする時、心まで離れてしまわないでください。
そして私も、そうするように努力しようと思います。

2001年11月03日

手をつなぐことの意味

今ひとつ気になっているのは、手をつながないこと。
手をつないだら受け入れることになるから?
それともそこまで気にしていないということ?
やっぱりどうでもいいのかな。

私は、気にする。
あなたの存在をもっと近くに感じてみたいって思うけどな。

キスよりも抱きしめられるよりもまず、そこに意味があると思わない?