僕と彼女の冷蔵庫






 彼女が姿を消したのは、先月はじめの日曜日の早朝だった。



 僕は彼女を愛してた。

 ……そしてもちろん、今も、気持ちは変わらない。



 彼女が僕の部屋に暮らすようになって、1年と半年が過ぎた。

 僕が掃除や洗濯をし、彼女は食事を作る。

 一人暮し暦の長い僕にとって家事は苦痛じゃないし、彼女の料理の腕前は悪くなかった。

 時にはささいなことで喧嘩をしたり、嫉妬をしたりもした。

 けれど概ねうまくいっていたと思う。少なくとも最近までは。



 うちにやってきた時、彼女が持ちこんだのは、トランク一つと冷蔵庫だった。

 トランクに入っていたのは主に服と靴くらいだったが、彼女の白い冷蔵庫は、冷凍室と野菜室を備え

た、一人暮しにしては立派なものだった。

 僕はそれまでホテルにあるような備え付けのミニ冷蔵庫を使っていた。  (それは今や缶詰保管庫に

なっている)

 料理をするのにはこれくらいないと不便だし、かえって不経済だ、というのが彼女の持論だった。

 実際それはかなり大きめで、なんでも放りこんでおけて便利だった。

 僕たちはよく週末に1週間分の食料を買いこんで、そこに詰めておいたものだった。

 そのためにこんなこともあった。



 ある日僕は、冷蔵庫の片隅にキュウリの漬物の袋を見つけた。

 賞味期限は、もう1年も過ぎていた。

 見た目にはわからないけれど、きっと腐っているのだろう。

 だけどなぜか捨てられず、そのままそこに置いておいた。

 冷蔵庫の管轄は彼女だから、彼女が気付いて捨てるだろう。



 突然彼女が出て行くと言い出した時、僕は理由を聞いた。

 わからない、と彼女は答えた。

 僕が好きなのかどうか、これからずっとこのままでいいのか、わからなくなったのだという。

 僕は、行って欲しくない、と言った。

 その夜はそれで済んで、僕たちはいつものように一つの布団で眠った。



 翌朝目を覚ました時、彼女はここに来た時にそうしたように、トランクに荷物をつめて出て行くところ

だった。

「やっぱり、ここにいられない」

 彼女は言った。

「どうして」

「あの後、ずっと寝ないで考えたの。何かが違うの。私はあなたとずっと一緒にはいられない」

「何かって?」

「わからない。ごめんなさい」



 彼女が頭を下げたその時、僕は悟った。

 彼女の中で、僕への気持ちが終結を迎えようとしているのだと。

 彼女は僕との関係を断とうとしているのだと。



 自分でも、自分がそれほど彼女に執着しているとはこの時まで知らなかった。

 いや、気付かないフリをしていただけかもしれない。

 感情を露にすることはみっともないとどこかで思っていたのだろう。



 僕は、生まれて初めて、我を忘れた。



*  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *



 そして、彼女は今も僕の部屋にいる。

 もはや彼女は僕を拒絶しようとはしない。



 毎晩仕事から帰ると、僕は何よりもまず彼女の冷蔵庫を開ける。

「ただいま。淋しくなかった? 今日はいいことがあったんだ。聞いてくれるかい」



 君はいつまでも僕のもの。

 僕は君をずっと守るから。




story: 森崎るう子 ( ビー玉日記)