宮が職の御曹司にいらっしゃった頃のこと。
8月10日過ぎの月の明るい夜、
宮は右近の内侍に琵琶を弾かせて、
廂(ひさし)近くにいらっしゃる。
他の女房たちはおしゃべりして笑ったりしているのに
私は廂の柱に寄りかかって
物も言わずに控えていたところ、宮が
「どうしてまたそう黙りこくっているの?
何かおっしゃい。なんだか物足りないじゃないの」
とおっしゃるので、
「ただ秋の月の心を眺めているのです」
と申し上げると、
「そうね。この場にぴったりの台詞だわ」
とおっしゃる。
父・関白道隆の死後のごたごたが落ちついた頃の話。(「言はで思ふぞ」の後)
秋の月の心とはまさにこの時の中宮定子の心中のこと。
多くを語らずとも理解し合っていた二人の会話です。