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 午後のひと時

本棚
 オケの練習は放課後、午後4時半から。
 時間割や休講の都合で待ち時間ができるのはよくあることだ。
 新入生の頃に先輩に教えてもらって以来、時間をつぶすのに気に入っている場所は、図書館の視聴覚室だ。
 そこにはCDやDVDが各種取り揃えられていて、おまけに一人一つずつ机(要するに再生デッキ)が割り当てられるから、そのスペースの中で音楽を聴きながら自分の好きなことができる。
 先輩に教えてもらったくらいだから当然のことながら、うちの楽団員によく遭遇するスポットの一つでもある。
 今日も、割り当てられた席に行ったら、お隣に見知った方がいた。
 バイオリンの三島先輩だ。
 熱心にノートに書きつけていて、私の存在にも気付かないようだ。
 お邪魔しては悪いので、黙って座ってヘッドホンをセットした。

 時間がたっぷりあるので次の演奏会の選曲に上がっていた「カルメン」の劇場版をDVDで鑑賞する。
 「闘牛士のテーマ」やら「ハバネラ」やら有名な曲ばかりなので、それだけでも意外と楽しい。
 それにしてもあっちの人の恋愛って濃いよなあ、と思いつつ、昼食後の眠気に襲われて、中盤で本格的に顔を伏せて居眠りをした。

 目が覚めて何気なく周りの様子を伺うと、少し離れた席に高津先輩を発見した。
 何か真剣に手先を使って作業している。
 じっと目を凝らすと、どうもミサンガを作っているらしいことがわかった。
 こないだコジマが言ってたのはホントだったんだ。
 ついに現場を見てしまった。後で報告しよっと。

 巻き戻して続きを見た。
 ちょうど全部終わったところで時計が4時を回った。
 そろそろ移動して飲み物でも買って待っててもいいか。
 DVDを取り出して立ち上がったら、隣の三島先輩が私に気付いた。
「こんにちは」
「あれー。気付かなかったよ」
「すごくマジメに勉強されてたんで、声かけちゃ悪いと思って」
「いやー、そう言われると困るんだけど、これJRの時刻表調べてただけなんだよね」
 三島先輩はものすごく恥ずかしそうに頭をかいた。
「夏の旅行の計画してたの」
「あっ、そうなんですかー」
 時刻表にそんなに真剣になれるのも珍しい。

「あ、なんだ。お前らもいたの」
DVDとヘッドホンを返しにカウンターに向かったら、クラリネットの加藤先輩にばったり会った。
「あー、こんにちは」
「お前何借りたの?」
「カルメン。今度やるかもしれないと思ってちょっと予習を」
「うげ。なんでクラシックなんか聴いてんだよ。信じらんねぇ」
「えー」
 信じらんねぇ、って仮にもオーケストラやってるわけだし、そんなに変なことでもないんじゃ?
「先輩は何借りたんですか?」
 私は加藤先輩の手元を見た。
「“10分間クッキング”? お料理ですか?」
「そうだよ」
「へぇー。こういうのもあるんだ。おもしろかったですか?」
「うまそうでさー。明日やってみっかな」
 加藤先輩のふっくらした頬の丸みをつくづく眺めながら、内心、こっちの方が信じらんないって感じなんだけど、と首をかしげた。





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